東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)43号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯等)、二(本願発明の特許請求の範囲)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
被告は、審決が本願は特許法第三六条第四項及び第五項に規定する要件を満たしていないとしたのは、本願明細書において、(a)硬貨を硬貨釈放案内38の下に受け入れる際の、硬貨の内縁の半径方向位置を正確に定める構成、及び(b)硬貨が硬貨釈放案内の下を高速回転して移動する場合、硬貨を半径方向に十分捕捉する構成、すなわち前記(a)における半径方向位置を厳密に維持する構成に関する記載が不備であるためである旨主張するので、本願明細書において、右(a)、(b)の構成に関する記載が不備であるか否かについて検討する。
1 成立に争いのない甲第二号証によれば、右(a)、(b)の構成に関して、本願明細書の発明の詳細な説明中には、
(1) 「本発明によれば、選択した直径の硬貨を分類する硬貨分類機は、硬貨を送給できる上面を持ち、この上面に弾性の少くとも環状面を設け、水平に位置させられ、硬貨を支える回転可能な円板を備えている。この円板は、末端点に至るまで三六〇度以下の選択した弧に沿つて半径方向に内向きの案内面を備えた静止している周辺制限案内(34)に相対的に回転する。各硬貨の外縁部を、一定の半径方向位置においてこの案内面によりかからせ、各硬貨の内縁部を、各硬貨の種類に対応して異なる一定の半径方向位置に位置させて、これ等の各硬貨を単一の列になつて周辺方向に位置させるように、前記末端点を、前記円板上の硬貨の移動に関する基準となるように定める。」(第五頁第一六行ないし第六頁第九行)
(2) 「下向きの静止した表面領域を持ち、前記円板の前記環状面の上方に設けた半径方向位置保持兼釈放用の硬貨釈放案内(38)が前記周辺制限案内と協働している。前記周辺制限案内(34)によつて最初は半径方向位置に保持された各硬貨が、前記硬貨釈放案内の前記下向きの静止した表面領域と前記円板の弾性の環状面との間に押し込まれることによつて、前記硬貨釈放案内によつて定まる半径方向位置において捕えられるように、前記下向きの静止した表面領域を、最初はほぼ前記円板の環状面の方へ下向きに延ばし、」(第六頁第九行ないし第二〇行)
(3) 「次いで前記円板の中心のまわりの湾曲部に続くように、前記周辺制限案内の案内面の末端点に隣接した位置からほぼ前記円板の回転方向に延ばしている。」(第六頁第二〇行ないし第七頁第三行)
(4) 「一つの硬貨が、前記硬貨釈放案内の下向きの静止した表面領域と前記円板との間で圧迫されることによつて一定の半径方向位置で回転させられながら、前記一つの硬貨の直径により定まるその内側に位置する硬貨の縁部が、前記硬貨釈放内縁部の一つの上方に移動した半径方向位置に到達するときに、前記一つの硬貨が、もはや弾性の環状面上で圧迫されなくなる。」(第七頁第七行ないし第一五行)と記載され、さらに「本発明による硬貨分類機の実施例を添付図面について詳細に説明する。」(第八頁第七行、第八行)として、
(5) 「円板10は、約〇・二五四ないし一・五二四センチメートルの厚みを持つゴムパツド27により形式すればよいたわみ性表面26を持つ。ゴムパツド27とたわみ性表面26とにより弾性上面領域を形成する。円板10の板部片29上に支えられたゴムパツド27は、デユロメータで測定した値六ないし一〇の弾性を持つ。」(第九頁第一行ないし第七行)
(6) 「第二図及び第三図に示すように、大体において扁平な案内板16の下側には、三つの下向きに延びる案内を設けてある。これ等の案内は、周辺制限案内34、単一列案内36及び硬貨釈放案内38である。これ等の案内が、円板10のたわみ性表面26まで下向きに延び、各硬貨がこれ等の案内により妨げられないで自由に動くすきまを持つ他の領域40を残すように、案内板16を、回転可能な円板10に対して位置を定める。すなわち各案内は一般に、分類しようとする最も厚い硬貨に大体対応する約〇・二〇三二ないし〇・二一五センチメートルの厚みを持つ。」(第九頁第一一行ないし第一〇頁第二行。別紙図面第二図、第三図参照。)
(7) 「この周辺領域において、各硬貨は硬貨釈放案内38の内壁44により止められ、次いでこれ等の硬貨は、回転しながら単一列通路46を通過し、周辺制限案内34上で単一の列を形成する。周辺制限案内34は、各硬貨にくさび作用を及ぼすテーパ付縁部48を備え、硬貨の運動を半径方向にはね返らないように安定にし、硬貨を円板10のまわりに図示のように互いに間隔を置いた形にして円周方向に動かす。」(第一〇頁第四行ないし第一三行)
(8) 「各硬貨は、硬貨釈放案内38に達するまで、矢印49により示す円周方向に動き続ける。」(第一一頁第三行ないし第五行。別紙図面第三図参照。)
(9) 「先ず一〇セント銀貨が、硬貨釈放案内38に近づく一列の硬貨のうちの第一の硬貨であるとすると、この一〇セント硬貨の外縁部が周辺制限案内34の内方に折曲げた案内延長部分61の内側縁部60に衝突する。このようにして硬貨の内縁部が硬貨釈放案内38の外側前縁62に接触する。外側前縁62は、上向きにテーパを付けられ、硬貨を徐徐に押し下げてつかまえる。」(第一一頁第一九行ないし第一二頁第六行)
(10) 「一〇セント銀貨が垂直方向に拘束作用を受けないみぞ穴50の充分に広い幅の箇所に達するまで、一〇セント銀貨は、点64から点68にわたつて安定した半径方向位置に押し込まれてつかまれており、この充分に広い幅の箇所に達したときに、一〇セント銀貨は自由になり、」(第一二頁第六行ないし第一一行)
(11) 「次に一層大きい硬貨、たとえばペニ貨幣が、硬貨釈放案内38の外側前縁62に達し、これに衝突するものとする。このような一層大きいペニ貨幣は、各点64、68の間で硬貨釈放案内38の外向きに延びる縁部により捕捉され、このペニ貨幣の内縁部が、内側縁部60により一〇セント銀貨用のみぞ穴50の内縁部の内方に押され、円板10の上面と硬貨釈放案内38の下面との間に押し込まれることによつて捕捉された状態が続く。」(第一二頁第一七行ないし第一三頁第五行)
(12) 「このために、ペニ貨幣は、自由に外向きに移動しないで円周に沿つて回転移動する。このペニ貨幣の回転移動は、このペニ貨幣がペニ貨幣用のみぞ穴52に出会うまで続く。」(第一三頁第五行ないし第九行)
(13) 「同様に五セント白銅貨及び二五セント銀貨のような一層大きい硬貨は、それぞれみぞ穴54、56により捕捉分類され、それぞれ経路位置74、76において袋により捕えられる。」(第一三頁第一七行ないし第二〇行)
と記載されていることが認められる。
2 前項の認定事実をもとに、(a)の構成に関し、本願明細書の記載に不備があるか否かについて検討する。
前項(1)ないし(13)((4)、(12)を除く。)によれば、本願明細書及び図面には、次の各技術事項が記載されているものということができる。すなわち、
(一) 前項(5)、(6)によれば、回転可能な円板10の上面には、下側に周辺制限案内34、単一列案内36及び硬貨釈放案内38から成る下向きの三つの案内を備えた案内板16が静止した状態で配置してあること、及び右三つの案内は、円板10のたわみ性表面26に極めて接近した状態にまで延びており、また、円板10の表面はゴムパツド27より成るたわみ性表面(弾性の少くとも環状面)を持ち、その硬さはデユロメータで六ないし一〇であること、
(二) 同(1)、(7)、(8)、(13)によれば、選別される複数の硬貨は、回転する円板10に載せられ、周辺制限案内34のテーパ付縁部48によつて、その外縁部の半径方向位置が規定されて(したがつて、硬貨は、当然のことながら、その種類によつてその内縁部の半径方向位置が定められて)、該縁部48に沿つて円周方向に単一の列をつくつて駆動させられること、
(三) 同(9)及び図面第二図、第三図によれば、案内延長部分61は周辺制限案内34の延長部分であり、また、案内延長部分61の内側縁部60は周辺制限案内34の縁部48に連続している直線状の延長部であつて、わずかに内方に折曲していること、
(四) 同(2)、(3)、(9)、(10)によれば、周辺制限案内34の末端点に隣接した位置からほぼ円板10の回転方向に延びて硬貨釈放案内38が形成され、硬貨釈放案内38の外側前縁62は、駆動されてきた硬貨を徐々に円板表面に向つて押し下げることができるようなテーパ(円板の進行方向でみると、円板表面に向つて徐々に近づくように形成されたテーパ)が付されていること、
(五) 同(2)、(9)、(11)によれば、周辺制限案内34のテーパ付縁部48に沿つて単一の列となつて駆動されてきた各種硬貨が延長案内部分61に至つたときには、延長案内部分61の内側縁部60によつてその外縁部の半径方向位置が規制され、そのため硬貨の半径方向の内縁部の位置は、硬貨の種類に応じて(硬貨の直径の大きさに応じて)定められ、したがつて、硬貨が延長案内部分61に至り、硬貨釈放案内38の外側前縁62に当たつてさらに進むときには、硬貨は、その内縁部の半径方向位置が硬貨の種類に応じて定められた状態で、外側前縁62に付されたテーパによつて徐々に押し下げられて、円板10のたわみ性表面26内に押し込められ、捕捉されることがそれぞれ記載されているものということができる。
なお、延長案内部分61の内側縁部60は、前示のとおり、周辺制限案内34のテーパ付縁部48に連続している直線状の延長部であつてわずかに内方に折曲しているため、各種硬貨は、延長案内部分61に至つてさらに進むときには、外側前縁62のテーパによつて押し下げられると同時に、右硬貨の外縁部は、延長案内部分61の内側縁部60によつて半径方向内方へ押圧されて、その半径方向位置をわずかに内方に移動するものと解される。
ところで、前記(一)ないし(五)の記載事項を総合すると、本願明細書及び図面には、選別される各種硬貨は、その外縁部が周辺制限案内34のテーパ付縁部48によつて、その半径方向位置が規制されながら円周方向に移動させられて延長案内部分61に至るが、ここでも硬貨の外縁部は延長案内部分61の内側縁部60によつて、その半径方向位置が規制させられるために、硬貨の内縁部はその半径方向位置がその硬貨の種類に応じた位置に定められ、したがつて、硬貨が延長案内部分61に至つて硬貨の内縁部が硬貨釈放案内38の外側前縁62に当たつた場合には、各種硬貨は、その内縁部がその半径方向位置が定められた状態で円板10の進行方向(円周方向)に駆動されて、テーパを付された外側前縁62によつて円板10のたわみ性表面26に押し込まれ、捕捉されることが、当業者において容易に理解できるように記載されているものと認めるのが相当である。
したがつて、本願明細書において、(a)の構成に関する記載が不備である旨の被告の主張は理由がないものというべきである。
なお、被告は、本願明細書の(イ)第一二頁第一行ないし第六行、(ロ)第一二頁第一七行ないし第一三頁第三行の記載(第三、二、1参照)をとらえて、右(イ)の記載によれば、一〇セント銀貨は、まずその外縁部が内方に折曲げた案内延長部分61の内側縁部60に衝突し、次いでその内縁部が硬貨釈放案内38の外側前縁62に接触すると解され、また、右(ロ)の記載によれば、ペニ貨幣は、まず外側前縁62に衝突し、次いで内側縁部60に接触するものと解されるから、一〇セント銀貨及びペニ貨幣が外側前縁62の所に到達した初期において、一〇セント銀貨は外側前縁62に当たらず、ペニ貨幣は外側前縁62に衝突することになるが、このような微妙な運動を、わずかな直径の差しかない両硬貨に行わせるために、内側縁部60及び外側前縁62がどのような構成になつているのか不明である旨主張する。
しかしながら、直径の小さい硬貨が案内延長部分61の内側縁部60に当たつた直後に、その内縁部が外側前縁62に当たる配置を想定した場合、右硬貨より直径の大きい硬貨においては、逆に、硬貨の内縁部が先に外側前縁62に当たり、その後に案内延長部分61の内側縁部60に当たるものであることは、別紙図面第二図、第三図により明らかである。
したがつて、硬貨の種類の相違によつて、内側縁部60と外側前縁62への衝突の順序に差異があるのは当然のことであつて、右差異がその構成の不明を来すものでないことは明らかであるというべく、被告の右主張は理由がない。
また、被告は、ペニ貨幣が外側前縁62の下にどのように入り、それからどのようにして移動していくかも不明である旨主張するが、右の点について、本願明細書の記載に不十分な点の存しないことは叙上説示したところから明らかであつて、右主張も理由がない。
3 次に、(b)の構成に関し、本願明細書の記載に不備があるか否かについて検討する。
前1項(4)、(5)、(10)、(12)によれば、本願明細書及び図面には、硬貨釈放案内38の下面は円板10のたわみ性表面26に極めて接近した状態にまで延びており、また円板10はデユロメータで六ないし一〇の硬さを持つゴムパツドから成るたわみ性表面26を持つているため、硬貨釈放案内38によつて円板10のたわみ性表面26に押し込められた各種硬貨は、その進行方向に駆動されてもそのままの状態で(その半径方向位置を変えることなく)確実に捕捉され、所定の釈放位置に達するまでその半径方向位置を変えることなくその状態(硬貨が円板の表面内に押し込まれている状態)を維持すること、すなわち、硬貨は、硬貨釈放案内38によつて押圧されながら、円板10上を駆動させられるに際して、遠心力の作用と硬貨釈放案内38とのすべり摩擦の作用とを同時に受けるが、硬貨は、円板10のたわみ性表面26内に押し込まれているため、硬貨とたわみ性表面26との間には、右作用によつては硬貨が半径方向外方へ移動することができないほど大きな摩擦抵抗が生じていて、硬貨が半径方向位置を変えることはないこと、が記載されているということができる。
したがつて、本願明細書において、(b)の構成に関する記載が不備である旨の被告の主張は理由がないものというべきである。
以上のとおりであるから、本願明細書において、前記(a)及び(b)の構成に関する記載が不備であることを前提として、本願は特許法第三六条第四項及び第五項に規定する要件を満たしていないから拒絶すべきものとした審決の認定、判断は誤つているものというべく、審決は違法として取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める参加人の本訴請求は正当としてこれを認容することとする。
〔編証その一〕 本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
(1)(イ) 硬貨を送給できる上面を持ち、この上面に弾性の少くとも環状面を設け、水平に位置させられ、硬貨を支える回転可能な円板と、
(ロ) 末端点に至るまで三六〇度以下の選択した弧状に前記円板のまわりに設けた内向きの案内面を備え、前記円板の回転に対しては静止している周辺制限案内(34)であつて、
各硬貨の外縁部を、前記案内面と同じ半径方向位置においてこの案内面によりかからせ、各硬貨の内縁部を、各硬貨の種類に対応して異なる一定の半径方向位置に位置させて、これ等の各硬貨を単一の列になつて水平方向に位置させるように、前記末端点を、前記案内面に沿う前記円板上の硬貨の移動に関する基準となるように定めて成る周辺制限案内(34)と、
(ハ) 下向きの静止した表面領域を持ち、前記円板の前記環状面の上方に設けた半径方向位置保持兼釈放用の硬貨釈放案内(38)であつて、
前記周辺制限案内(34)によつて最初は半径方向位置に保持された各硬貨が、前記硬貨釈放案内の前記下向きの静止した表面領域と前記円板の弾性の環状面との間に押し込まれることによつて、前記硬貨釈放案内によつて半径方向位置において捕えられるように、前記下向きの静止した表面領域を、最初はほぼ前記円板の環状面の方へ下向きに延ばし、次いで前記円板の中心のまわりの湾曲部に続くように、前記周辺制限案内の案内面の末端点に隣接した位置からほぼ前記円板の回転方向に延ばして成る、硬貨釈放案内(38)と、
(ニ) ほぼ前記硬貨釈放案内の湾曲部に沿つて、前記円板の回転方向に間隔を置いて配置した複数の硬貨釈放内縁部を持つ、前記硬貨釈放案内に形成された複数の硬貨釈放用の複数のみぞ穴(50―52―54―56)と、
を備え、
一つの硬貨が、前記硬貨釈放案内の下向きの静止した表面領域と前記円板との間で圧迫されることによつて一定の半径方向位置で回転させられながら、前記一つの硬貨の直径により定まるその内側に位置する硬貨の縁部が、前記硬貨釈放内縁部の一つの上方に移動した半径方向位置に到達するときに、前記一つの硬貨が、もはや圧迫されないで自由になり、遠心力によつて、別個の円周位置において前記円板から離れて水平に移動するように、次次の前記各硬貨釈放内縁部を、先行する硬貨釈放内縁部より、前記円板の中心から短い距離を隔てるようにして成る、選択した直径の硬貨を分類する硬貨分類機。
(2) 前記硬貨釈放案内に、ほぼ弧状の内壁を設け、前記円板の中心から外向きに移動する硬貨が、前記内側縁部に衝突し、前記硬貨が前記円板によつて回転させられながら、前記内壁によりかかつて前記周辺制限案内の方へ案内されるようにした特許請求の範囲第(1)項記載の硬貨分類機。
(3) 前記周辺制限案内に、前記円板に隣接して位置させられ、この円板の中心領域と前記周辺制限案内との間に間隔を置いて設けられ、内縁部を持つ第二のほぼ弧状の単一列案内を設けることにより、硬貨を、最初は前記単一列案内の内縁部上に差し向け、次いで前記硬貨釈放案内の内壁上に差し向け、次いで前記周辺制限案内上に差し向けることができるようにした特許請求の範囲第(1)項記載の硬貨分類機。
(4) 前記単一列案内の端部が、ほぼ前記硬貨釈放案内の前縁まで延びることにより、前記周辺制限案内に沿つて移動している硬貨を、前記硬貨釈放案内へ差し向けることができるようにした特許請求の範囲第(1)項記載の硬貨分類機。
(別紙図面参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面
<省略>